建築シリーズ18:公共建築におけるコスト管理の難しさ、メトロポール・パラソル

今回はセビーリャの旧市街地の広場の計画についてご紹介したい。「メトロポール・パラソル」というこのプロジェクトは、2004年にセビーリャ市が開催した国際設計コンペによって一等に選ばれたドイツ人建築家、ユルゲン・マイヤーの案を実現したものである。木材を格子状に噛み合わせるようにしてデザインされた巨大な屋根は、国際的に著名なロンドンに本社を置く構造設計事務所、オブ・アラップ<small>(Ove Arup and Partners)</small>が構造計算を担当し、2011年に完成。2013年にはヨーロッパの現代建築を対象にした建築賞、ミース・ファン・デル・ローエ賞のファイナリストに入選するなど、建築界では評価の高いプロジェクトである。

メトロポール・パラソル外観 photo by mirsasha

メトロポール・パラソル外観 photo by mirsasha

しかし、当時のスペイン国内や地元セビーリャの新聞記事を辿って行くと、このプロジェクトが綱渡りのようなプロセスを辿っていたことが分かる。そのプロセスを時系列に沿って説明していくだけでも、「公共建築プロジェクトの一筋縄ではいかない実態」を垣間見ることが出来る。

エンカルナシオン広場には19世紀前半に市場が建設された。1948年に市の都市計画に沿って部分的に解体されたものの、1973年まで市場としての機能を保持し続けた。同年に建物の劣悪な状態を考慮して全面的に解体され、市場跡地は空き地のままであったが、1990年代に入り、市は跡地の再整備を兼ねた、地下駐車場と新しい市場の建設を計画し始めた。

実際に建設に取りかかったところ、敷地でローマ遺跡が発見され、その時点で既に1500万ユーロを投資していたにものの、遺跡調査のため工事を中断することになった。2004年、市は広場のポテンシャルを理解し、市場、広場、そして発見された考古学遺跡をサポートする博物館を統合するようなプロジェクトの提案を募集するため、国際設計コンペを開催した。65の提案が提出され、その中からユルゲン・マイヤーの提案が、3300万ユーロと最も高額な見積もりであったにも関わらず一等に選出された。

発見された考古学遺跡を展示するスペース photo by Turismo de Sevilla

発見された考古学遺跡を展示するスペース photo by Turismo de Sevilla

このプロジェクトの建設費が高額なのは、「キノコ」というあだ名のついた複雑な木造屋根の構造のためであった。建築家は近所の広場に自生する長寿のイチジクの木にこの形態の着想を得たと言う。コンペ後、施工会社選定の入札ではSacyr社が勝利し、2005年の秋に建設工事が開始された。また、Sacyr社は40年間の施設運営の権利も手に入れている。それによって市の支出を抑えるためである。考古学博物館の設計変更や大雨などのため、工事は当初より遅れがちであったが、最大の障害は、建築家も施工会社も木材の固定方法を見つけられずにいたことである。コンペ案の作成からオブ・アラップ社は構造計算に携わっていたものの、設計の初期段階ということもあり、十分な検討がなされていなかったのである。

木部材の接合部 photo by mirsasha

木部材の接合部 photo by mirsasha

2007年5月、当初の完成予定期限まであと1ヶ月というところで、市はオブ・アラップ社から「現状の設計案のままでは施工不能」という通達を受ける。しかし、この通知は2010年になるまで公になることはなく、市は屋根以外の建設を進めるなど、屋根構造の解決策を見つけるまで時間稼ぎを費やした。具体的には、切り掛かれた木材同士を噛み合わせたジョイント部分の固定方法が問題となっていた。実際に完成した屋根を見れば分かるが、問題となったジョイントは建物全体ではかなりの数にのぼり、そこに用いる金具の重量が全体の重量に大きく関わる。すでに初期設計をもとに施工されていた基礎ではその重量に耐えられないということであった。また、鉄骨ではなく、木材にこだわったために応力に耐えられるだけの木部材の重量が非常に大きくなっていた。解決方法として、地下の考古学遺跡を10%程破壊して、基礎を大きくするということも考えられたようだ。

屋上の展望台 photo by blafond

屋上の展望台 photo by blafond

最終的には木材の接合には強力な接着剤を用いることで解決したが、強度のある木部材の加工をドイツで行い、そこからセビーリャまで輸送したために工費も大幅に上昇した。最終的に工期の遅れ、設計の変更などを含め、総工費は当初の3300万ユーロから3倍以上の1億ユーロを越える額に達した。

夜景 photo by Aram K

夜景 photo by Aram K

これは公共建築プロジェクトの一つの典型であり、そこから様々な問題点が見えてくるだろう。自身が政権にある内に建物を完成させたいという政治家の見栄のために工事を見切り発車したこと。建築家はこれほどまでに複雑な構造を計算する術を通常持ちあわせていないこと。地元の施工技術で無理のない設計を建築家はすべきであること。

用いられた木材は防水のためウレタン塗装が施されているが、結果として木材なのか、何なのか、写真からはよく分からない。建設に用いる材料が適切であるかどうか。構造、意匠、コストなど様々な要因を統合的に分析した後に、材料は選択されるべきで、その判断能力も建築家に問われる重要な資質である。

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<建築シリーズ記事一覧>

1:現代に完成した「未完の建築」、モンフェリの教会
2:過去と未来をつなぐ作品、アトーチャ駅
3:夢のガラスの宮殿、パラシオ・デ・クリスタルとベラスケス宮殿
4:復元された近代建築の名作、バルセロナ・パビリオン
5:日本の英知を集結した競技場、パラウ・サン・ジョルディ
6:オリンピック開催を待つ魔法の箱、カハ・マヒカ
7:アトレティコ新本拠地はオリンピックを迎えられるか、ラ・ペイネータ
8:「仮設の屋根」で闘牛場をオリンピック会場へ、ラス・ベンタス闘牛場
9:スペインを代表する土木技師トロハの最高傑作、サルスエラ競馬場
10:鉄鋼の町から観光都市へ、ビルバオ・グッゲンハイム美術館
11:カラトラバの魔法と悪夢、バレンシア芸術科学都市
12:屠蓄場を文化施設へ、マタデーロ・マドリード
13:改修プロジェクトの見本市、マタデーロ・マドリード2
14:既にそこにあるモノを分析してデザインする、メディアラボ・プラド
15:展示スペースの運営を手助けするカフェバー、Trinkhalle
16:屋根をいかにデザインするか、サンタ・カタリーナ市場
17:中庭に海を導くトリック、バルセロナ現代文化センター

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