前回紹介したレッドブル・ミュージック・アカデミーを設計したのは、ランガリータ・ナバーロ・スタジオを共同主宰する2人の30代若手建築家である。彼らの設計に対するスタンスは、従来の建築家とは異なり、現在のスペインの状況を十分に汲み取ったものである。そういう意味で現代的な建築家と言えるのだが、彼らのプロジェクトを今回と次回、それぞれ一つずつ紹介したい。
MLPはマドリード市が運営するデジタルカルチャーの研究施設である。この施設は研究施設であると同時に、その過程を市民に公開していくのが特徴である。建物は1920年代に建設された「ベルギー製材所」であり、マドリードで最初の鉄筋コンクリート造建築物の一つであった。その建物を保存しながら研究施設に必要なスペース、設備を計画することが求められた。MLPは2012年にオープンした。
市民に研究を公開していく手段の一つとして設置されたのが、ラス・レトラス広場に面した巨大なディスプレイである。「LEDアクションファサード」と呼ばれるディスプレイは、144平米の外壁に、約35,000個のLEDを並べたものである。このディスプレイは広場にいる人々とインタラクティブな映像を作り出すことができ、その様子はランガリータ・ナバーロのウェブサイトで見ることができる。
この広場は、実はそこにあった変電所が焼失したために生まれたものである。プラド美術館などの立ち並ぶプラド通りの脇に位置するこの地域は、建物がひしめく合うように立っており、公共の広場の少ない高密な地区であった。しかし、2000年に入って状況は一変する。2004年に発生した前述の火事のあと、MLPのすぐそばにカイシャ・フォーラム・マドリードが2008年にオープンする。この文化施設も既存の建物を改修したものであるが、地上階部分を切り取るように広場が確保されている。また、そこに隣接していたガソリンスタンドも撤去され、緑化した外壁に面して広場が設けられた。このようにして、突如生まれた複数の広場とのリンクを考慮した上で、彼らはディスプレイの設置場所を決めたのだった。
予算の関係上、まずこのディスプレイが2009年に完成し、その後、プロジェクトは建物内部に移る。初期の鉄筋コンクリート造建築物ということで、現代のものよりも重厚な建物に彼らは比較的軽快な材料を用いて新たな空間を計画している。それは間仕切りに用いられた木材、階段の手すりに用いられたワイヤーネットなどに見ることができる。また、既存の建物の雰囲気を残すために、電気、空調設備などもむき出しで設置されているが、その丁寧なレイアウトは建物に自然に調和している。安価な材料を適材適所に用いてコストを抑えたことで、市の財政難にも関わらずプロジェクトは実現した。
彼らにとって重要だったのは、広場や既存の建物といった既にそこにあるモノである。それに対して、彼らは将来的な用途の変更を想定して、なるべく安価で、容易に撤去、再利用できる材料を用いて空間を整備した。建築家は何をデザインすべきかを考える上で非常に示唆に富むプロジェクトである。
現在ではデジタルカルチャーに関わらず、料理教室などのワークショップも頻繁に開催されており、彼らが意図したようにフレキシブルな空間が実現されていると言えよう。
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2:過去と未来をつなぐ作品、アトーチャ駅
3:夢のガラスの宮殿、パラシオ・デ・クリスタルとベラスケス宮殿
4:復元された近代建築の名作、バルセロナ・パビリオン
5:日本の英知を集結した競技場、パラウ・サン・ジョルディ
6:オリンピック開催を待つ魔法の箱、カハ・マヒカ
7:アトレティコ新本拠地はオリンピックを迎えられるか、ラ・ペイネータ
8:「仮設の屋根」で闘牛場をオリンピック会場へ、ラス・ベンタス闘牛場
9:スペインを代表する土木技師トロハの最高傑作、サルスエラ競馬場
10:鉄鋼の町から観光都市へ、ビルバオ・グッゲンハイム美術館
11:カラトラバの魔法と悪夢、バレンシア芸術科学都市
12:屠蓄場を文化施設へ、マタデーロ・マドリード
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