建築シリーズ15:展示スペースの運営を手助けするカフェバー、Trinkhalle

前回に続き、スペイン人若手建築家ユニット、ランガリータ・ナバーロのプロジェクトを紹介したい。今回紹介するのは、マドリードのサン・アントン市場内にあるカフェバーのプロジェクトである。

まず、始めにサン・アントン市場について簡単に触れておこう。サン・アントン市場は、19世紀に地方からマドリード市内への移住者の増加に伴って発展してきたチュエカ地区にある。居住者が増えるにつれ、市場が開かれるようになると、次第に衛生面での問題が出てきた。そこで、1945年に市は新しい市場を建設したが、90年代に入り市民の消費動向が変化すると、市場は大きく衰退してしまう。2000年代に入り、市は市内の公営市場のリニューアルを始める。現在のサン・アントン市場は旧市場を解体し、新規に建設されたものであり、2011年にオープンした。地下に駐車場を備えた地上3階建て、延べ床面積約7,500平米の大規模な市場である。(*1) 

サン・アントン市場 内観 photo by Laura Tomàs Avellana

サン・アントン市場 内観 photo by Laura Tomàs Avellana

サン・アントン市場は、単に建物が新しくなっただけではない。これまでの食材購入の場所としての機能を果たしつつも、レストラン、バーなどが多く設置されている。また、もう一つ特徴的なのが、市場内に展示会場などに利用できる展示スペースを設けたことである。「Espacio Trapézio」(エスパシオ・トロペシオ/trapézioは空中ブランコの意)という名のこのスペース(*2)は、若手アーティストの展示を支援する場所として機能しており、市の資金援助により運営されていた。

市場内2階に設置された多目的ホール photo by Espacio Trapézio

市場内2階に設置された多目的ホール photo by Espacio Trapézio

しかし、経済危機以降、市の財政が逼迫してくると、展示スペースへの援助が中断される。そこで、スペース運営者は、資金を確保するためにカフェバーの設置を思いつく。このカフェバーの設計を依頼されたのが、ランガリータ・ナバーロの二人である。「Trinkhalle」(トリンカーレ、ドイツ語でキオスクの意)と呼ばれるこのカフェバー(*3)は、ビーチ用の折りたたみ椅子など安価な材料をうまく組み合わせることで作られている。店主が手作業で組み上げることが多いドイツのキオスクにちなんでこの名前を付けたようだ。

Trinkhalle photo by Luis Dìaz Dìaz

Trinkhalle photo by Luis Dìaz Dìaz

閉店時のTrinkhalle photo by Luis Dìaz Dìaz

閉店時のTrinkhalle photo by Luis Dìaz Dìaz

これを建築と呼んで良いのか訝しがる人もいるだろう。しかし、このプロジェクトで彼らが用いている手法は前回までに紹介したレッドブル・ミュージックアカデミーやメディアラブ・プラドなどと全く同じである。安価な材料を用いて手作業とも言えるような簡潔な方法で空間を編み上げていく。それは、プロジェクト、クライアントが要求する条件、要望にしっかりと向き合った結果、彼らが辿り着いた独自のスタイルと言えるだろう。

*1 マヨール広場脇の観光客で賑わうサン・ミゲル市場も一連の市場リニューアル事業の一環で、2009年5月にオープンしている。
*2 Espacio Trapézioのウェブサイト
*3 Trinkhalleは毎週金・土・日曜の3日間オープンしている。詳しくはウェブサイト参照。

・・・
<建築シリーズ記事一覧>

1:現代に完成した「未完の建築」、モンフェリの教会
2:過去と未来をつなぐ作品、アトーチャ駅
3:夢のガラスの宮殿、パラシオ・デ・クリスタルとベラスケス宮殿
4:復元された近代建築の名作、バルセロナ・パビリオン
5:日本の英知を集結した競技場、パラウ・サン・ジョルディ
6:オリンピック開催を待つ魔法の箱、カハ・マヒカ
7:アトレティコ新本拠地はオリンピックを迎えられるか、ラ・ペイネータ
8:「仮設の屋根」で闘牛場をオリンピック会場へ、ラス・ベンタス闘牛場
9:スペインを代表する土木技師トロハの最高傑作、サルスエラ競馬場
10:鉄鋼の町から観光都市へ、ビルバオ・グッゲンハイム美術館
11:カラトラバの魔法と悪夢、バレンシア芸術科学都市
12:屠蓄場を文化施設へ、マタデーロ・マドリード
13:改修プロジェクトの見本市、マタデーロ・マドリード2
14:既にそこにあるモノを分析してデザインする、メディアラボ・プラド

ページトップへ