建築シリーズ13:改修プロジェクトの見本市、マタデーロ・マドリード-2

前回ご紹介した屠畜場を改修した文化施設、マタデーロ・マドリード(以下、マタデーロ)は複数の建物で構成される。今回はそのうち、「図書館(Casa del Lector)」と「音楽館(Nave de Música)」について紹介したい。マタデーロのプロジェクトにおいて、既存の建物の柱や梁などの建築構造を維持しなければならないというのが改修の前提条件である。その条件のもと、複数の建築家が旧屠畜場の各施設の改修を担当している。したがって、マタデーロは「建築改修プロジェクトの見本市」と見ることもできる。

「図書館」は、牛の屠殺に利用されていた建物4棟を改修したプロジェクトである。2006年に行われたコンペでマドリードを拠点に活動するスペイン人建築家、アントン・ガルシア・アブリル率いるアンサンブル・スタジオが勝利し、2012年に竣工している。旧屠畜場の13号館、14号館の間にエントランスホール、廊下が設けられ、2棟の建物を一体化している。それぞれの建物を横断するようにプレストレスト・コンクリート(*1)の梁が挿入され、2棟の建物の間に新たに設けられた通路スペースと連結される。このようにして生まれた2層の空間は、上階が研究、学習用のスペース、下階は教育活動のためのスペースとなっている。各40トンの重さの梁が既存の建物の構造を生かしながら空間を特徴づけている。また、17号館Cは図書館を運営するサンチェス・ルイペレス財団のオフィスとして、17号館Bはオーディトリアムに改修されている。

図書館:2棟の既存の建物の間に設けられた廊下 photo by Yukino Miyazawa

図書館:2棟の既存の建物の間に設けられた廊下 photo by Yukino Miyazawa

図書館:研究・学習スペース photo by Yukino Miyazawa

図書館:研究・学習スペース photo by Yukino Miyazawa

「音楽館」は、2011年に開催されたレッドブル・ミュージック・アカデミー(以下、RBMA)の会場としてオープンした。RBMAは、毎年場所を変えて開催される音楽イベントであり、世界各国のミュージシャン、DJなどが一堂に会し、新たな音楽を生み出す実験場となる。2011年は東京での開催が予定されていたが、東日本大震災の影響で急遽マドリードでの開催が決まった。そのため、代替地を探し始めてから、オープンするまでにわずか5ヶ月の期間しかなかった。設計を担当したのは若手スペイン人建築家ユニット、ランガリータ・イ・ナバーロである。彼らは限られた工期・予算、イベント後のスペース、資材の再利用を考えながら、オフィス、スタジオ、録音室、オーディトリアム兼ラウンジの4つのスペースを作り出した。建設材料は可能な限り簡易なものとし、例えば録音室の壁には遮音効果も考慮して土のう(*2)が用いられている。また、会場となった旧屠畜場の15号館の建物には一切手を加えず、既存の大空間の中にスタジオや録音室などの建物が植栽とともに小さな町を構成しているかのような、非常に興味深い空間となっている。RBMAは現在もマタデーロの音楽イベントの会場として利用されている。

RBMA:イベントの様子 photo by Ramón Torrent

RBMA:イベントの様子 photo by Ramón Torrent

RBMA:スタジオ photo by proyectocampoadentro

RBMA:スタジオ photo by proyectocampoadentro

RBMA:土のうを用いたオーディトリアムの壁  photo by proyectocampoadentro

RBMA:土のうを用いたオーディトリアムの壁 photo by proyectocampoadentro

これら2つのプロジェクトは、共にそれぞれの条件のもとで建築家が知恵をしぼった素晴らしいプロジェクトであるが、両プロジェクトが計画された「時期」に注目したい。図書館は2006年、音楽館は2011年と5年の差があり、その間の2008年を契機に欧州では経済危機が始まった。つまり、これらは同じマタデーロ内の改修プロジェクトであるが、工期や予算などの条件は大きく異なる。図書館では幅のある大空間を横断するために、高価なプレストレスト・コンクリートが使われているのに対し、音楽館は実際に訪ねてみれば分かるが、ほとんど手作業によると言えるような、安価な材料・方法を用いて空間が作られている。設計した建築家の世代の差も含めて、設計に対するアプローチはかなり異なるのである。

これはどちらのプロジェクトが優れているということではなく、建築家はそれぞれの時代、社会背景を考慮し、それに適合するようなアイディアを生み出さなければならないということである。その点で、マタデーロの音楽館は現在のスペインの社会状況を十分に反映したプロジェクトであると言えるだろう。

*1 コンクリートは圧縮力に強く引張力に弱いという特性があるが、プレストレスト・コンクリートでは、鋼材を使って、荷重が作用する前にコンクリート部材に圧縮力がかかった状態(プレストレス)とし、荷重を受けた時にコンクリートに引張応力が発生しないようにする、もしくは引張応力を制御するもの。通常の鉄筋コンクリートに比べ、引張応力によるひび割れを防ぐことができるが、コストも上がる。大スパンの建築物、あるいは、橋梁などに用いられる。
*2布袋の中に土砂を詰めて用いる土木資材。

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<建築シリーズ記事一覧>

1:現代に完成した「未完の建築」、モンフェリの教会
2:過去と未来をつなぐ作品、アトーチャ駅
3:夢のガラスの宮殿、パラシオ・デ・クリスタルとベラスケス宮殿
4:復元された近代建築の名作、バルセロナ・パビリオン
5:日本の英知を集結した競技場、パラウ・サン・ジョルディ
6:オリンピック開催を待つ魔法の箱、カハ・マヒカ
7:アトレティコ新本拠地はオリンピックを迎えられるか、ラ・ペイネータ
8:「仮設の屋根」で闘牛場をオリンピック会場へ、ラス・ベンタス闘牛場
9:スペインを代表する土木技師トロハの最高傑作、サルスエラ競馬場
10:鉄鋼の町から観光都市へ、ビルバオ・グッゲンハイム美術館
11:カラトラバの魔法と悪夢、バレンシア芸術科学都市
12:屠蓄場を文化施設へ、マタデーロ・マドリード

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