建築シリーズ16:屋根をいかにデザインするか、サンタ・カタリーナ市場

公共市場のリニューアルは、前回紹介したマドリードだけでなく、バルセロナでも行われている。その中でも旧市街にあるサンタ・カタリーナ(サンタ・カテリーナ)市場は、リニューアル後の独特な屋根の形のおかげで一際目立っている。設計を担当したのはエンリック・ミラーレス、ベネデッタ・タリアブーエが共同主宰したバルセロナの設計事務所EMBTである。改修前の旧市場は、かつてのサンタ・カタリーナ修道院の跡地に1848年にオープンした、当時バルセロナで唯一の屋根付きの市場だったそうだ。改修プロジェクトではトレードマークの「新しい屋根」が架けられ、旧市場の名残は正面入り口にのみ見ることができる。

この市場は昼間は本来の市場として、夜間はバルやレストランとして営業しており、まさに一日中楽しめる市場である。市場としての機能も申し分ないのだが、今回はこの「市場と町の関係」について少し触れてみたい。

内観 photo by Pakus Futuro Bloguero

内観 photo by Pakus Futuro Bloguero

この市場を訪ねた人にもっともインパクトを与えるのは、先にも書いたように「屋根」であろう。観光でバルセロナを訪れた人は、カタルーニャ広場の脇からポルタル・ダ・ランジェル通りを経由してプラサ・ノヴァに辿り着き、(右手の)カテドラルに見とれながらカテドラル通りを歩いているうちにこの市場を偶然見つける場合が多いと思われる。ここで注目すべきは、市場に辿り着く随分手前でその存在に気付くであろうということである。それは、うねうねとした市場の屋根が通りに突き出し、カラフルなタイルで覆われた屋根の表面をのぞかせているからであろう。

通りからの眺め photo by BocaDorada

通りからの眺め photo by BocaDorada

このことは、建築設計に携わる者にとって大きな示唆を持っている。建物は大雑把に言えば、内部空間とそれを包む外壁、屋根に分けることができるが、その中で設計者やクライアントが「見た目」という点で気を配るのは、主に内部空間と建物の顔となる外壁であろう。屋根の設計には、雨が降ったときに雨漏れがしないように、あるいは夏の強い日差しが差し込まないように、と当然ながら細心の注意を払うのであるが、通りからはあまり目に触れない部分である。しかし、この市場の屋根はうねっているがために、通りにいながらカラフルな屋根を目にする。つまり、屋根も外壁と同じように建物の外観を特徴付ける重要な要素となっているのだ。

また、市場の立地に注目すると、周辺を住宅に囲まれていることが分かる。これは、そこの住民が窓の外を眺めればこの屋根を目にするということである。通常では屋根、あるいは屋上には空調の設備機器などが置かれ、雑然としており、好ましい眺めでないことの方が多いのであるが、このような状況下では、本来ならば屋根の見た目も外壁のそれと同じくらい重要なはずである。屋根をどのように見せるか、設計者は十分に考えを巡らす必要がある。

上部からの眺め photo by slipszenko

上部からの眺め photo by slipszenko

このように考えると、サンタ・カタリーナ市場は非常によく練られたデザインである。周辺の住民に対して魅力的であろうとし、通りを歩く者に対しても市場の存在を興味深い方法でアピールしている。風雨を凌ぐという建築の原始的な目的を念頭に、建築は屋根さえあれば成立するとさえ言うこともできるのであるが、まさに建築にとって本質的な「屋根のデザインの重要性」を改めて私たちに問いかけている。

この設計を担当したミラーレスは、世界各地でプロジェクトを進めるなど世界的に注目を浴びた建築家であった。しかし、実はこのサンタ・カタリーナ市場の完成を見ることなく、2000年に45歳という若さで世を去っている。彼が他の建築家と同じように老年まで設計を続けていたならばどれほどの名建築が生まれただろうか。ミラーレスは、最初の妻カルマ・ピノス、再婚後に彼の死まで連れ添ったベネデッタ・タリアブーエという二人の有能な建築家と恊働したこともよく知られている。彼女たちを始めとし、彼のもとで建築を学んだ建築家に彼の建築理念がしっかりと受け継がれていることを期待したい。

エンリック・ミラーレス(Enric Miralles/エンリック・ミラージャス)の代表的な作品:

・イグアラーダ墓地公園/イグアラーダ(カタルーニャ州)/1991年
・宇奈月の展望台(想影橋展望台)/黒部市/1993年
・ビーゴ大学キャンパス/ビーゴ(ガリシア州)/2004年
・スコットランド議事堂/エディンバラ(イギリス)/2004年
・ガス・ナトゥラル・オフィスビル/バルセロナ/2008年
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<建築シリーズ記事一覧>1:現代に完成した「未完の建築」、モンフェリの教会
2:過去と未来をつなぐ作品、アトーチャ駅
3:夢のガラスの宮殿、パラシオ・デ・クリスタルとベラスケス宮殿
4:復元された近代建築の名作、バルセロナ・パビリオン
5:日本の英知を集結した競技場、パラウ・サン・ジョルディ
6:オリンピック開催を待つ魔法の箱、カハ・マヒカ
7:アトレティコ新本拠地はオリンピックを迎えられるか、ラ・ペイネータ
8:「仮設の屋根」で闘牛場をオリンピック会場へ、ラス・ベンタス闘牛場
9:スペインを代表する土木技師トロハの最高傑作、サルスエラ競馬場
10:鉄鋼の町から観光都市へ、ビルバオ・グッゲンハイム美術館
11:カラトラバの魔法と悪夢、バレンシア芸術科学都市
12:屠蓄場を文化施設へ、マタデーロ・マドリード
13:改修プロジェクトの見本市、マタデーロ・マドリード2
14:既にそこにあるモノを分析してデザインする、メディアラボ・プラド
15:展示スペースの運営を手助けするカフェバー、Trinkhalle

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