消えたゴヤの頭と“Frenología”

ゴヤはスペインを代表する画家の一人で、彼の描いた「裸のマハ」は、美術の教科書に必ず掲載されている名作だ。ゴヤは生前、王族、貴族、啓蒙家、ブルジョアジーなどのセレブの肖像画を多く制作し、彼の絵が展示されているプラド美術館のギャラリーには、毎日大勢の人が訪れている。それほど有名なゴヤのあまり知られていない事実とは、亡命先ボルドーで埋葬された後、墓荒らしに遭い、頭蓋骨を、その悪漢らによって盗まれてしまったということだ。
 
この不可思議な事件は、人々の好奇心と想像力を駆り立て、120年以上経過した今も、世間の口の端に上り、これまで多くの記事が書かれてきた。そして、そこでよく言及されるのが「frenología(骨相学)」という言葉である。どうやら、これがゴヤの頭蓋骨失踪のカギを握っているらしい。
 
「骨相学」とは、ある分野で傑出した人物の頭蓋骨の形状を分析すれば、その逸材の才能の謎を解き明かす事ができるという主張の、当時流行った疑似科学だ。確かに、そのような研究をする者にとって、ゴヤの頭蓋骨が大変貴重な標本であったことは想像に難くない。スペイン画壇の鬼才ゴヤの頭蓋骨を分析すれば、この天才を天才たらしめるものが何だったのかわかる、そう思ったマッドサイエンティストが、ゴヤの墓を冒涜し、頭蓋骨を持ち去ってしまった、というのだろうか?
 
証拠不足のため捜査は頓挫、奇怪な憶測だけが一人歩きし、真実は歴史の深い霧の中に埋没している。しかし私には、ゴヤの頭蓋骨がどこかの屋根裏か物置で、誰かに発見されるのをじっと待っているのではないだろうか、という予感がする。一刻も早く、しかるべき敬意をもってゴヤの亡骸が弔われ、事件の経緯が明かされることを私は願っている。

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