「裸のマハ」、「着衣のマハ」の「マハ」って誰?

プラド美術館に所蔵、展示されている、ゴヤの「裸のマハ」といえば、美術の教科書に必ず登場するマスターピース。この絵の掛かっているギャラリーには終日、多くの訪問者が訪れている。

この絵画は、西洋美術ではじめて実在の女性の陰毛を描いた作品と言われ、描かれた当時、敬虔なカトリックの国だったスペインに強い衝撃を与えた。過激なモチーフが問題となり、異端審問の裁判に召喚されたゴヤは、この絵の依頼主が誰なのか審問されたが、影響力のある彼の友人の介入により、真実を明かすことなく無罪放免となっている。しかし、ゴドイ首相の邸宅でこの絵が見つかったことから、同氏の依頼で描かれたものではないかと推測されている。ゴドイ宅では当時、「着衣のマハ」がこの絵を覆い隠くすように掛かっていて、あるメカニズムを発動させると、「裸のマハ」が現れる仕組みになっていたと言われている。

ところで、表題「裸のマハ」の「マハ」とは「小粋なマドリッド娘」というスペイン語の普通名詞で、人名ではない。モチーフの女性が誰なのか、主に2つの説がある。1つは、夫と共にゴヤをパトロンとして庇護していた「アルバ公爵夫人」であるという説、もう1つは、ゴドイ首相の愛人であった「ペピータ」であるという説である。

第1の説でモデルとされるアルバ公爵夫人は、18-19世紀のスペイン社交界の花形、裕福で知的で魅力的なマドンナだった。ゴヤによる謎めいた肖像が残っており、彼とのラブアフェアが噂されている。彼女は、国王カルロス4世を凌ぐ権力を持っていたゴドイ首相の関心を惹くために、王妃マリア・ルイサ・デ・パルマと競い、対立し、40歳の若さで夭折した人物である。

アルバ公爵夫人の肖像画。彼女が指差す地面には「SOLO GOYA (=Only Goya)」と書いてある。

アルバ公爵夫人の肖像画。彼女が指差す地面には「SOLO GOYA (=Only Goya)」と書いてある。

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