スペイン北西部ガリシア州と隣のカスティージャ・イ・レオン州にまたがる場所に、ロス・アンカーレスという山岳地帯がある。2006年にユネスコの「生物圏保護区」に指定されたこの地域には、家屋や穀物庫にみられる独自の伝統建築が現在も残っている。また、人柄や方言、冬の厳しい気候などこの土地ならではの特徴は、多くの人がイメージする「陽気な人々と太陽の照りつける乾いたスペイン」とは異なるところだ。
この地域の主要産業は畜産で、十数年前までは“パジョーサ”と呼ばれる伝統的な円形家屋に、人と家畜とが同じ屋根の下で生活していた。また、“オレオ”というスペイン北西部で今でも使用されている高床式穀物倉庫もみられる。
現存するパジョーサは、主に畑作業の物置小屋として使われているほか、レストランや宿泊施設、資料館など観光目的で使用されている。パジョーサの直径は約10m、石壁の高さは最高2m程度、その上に厚さ50cmのとんがり帽子の様な形をしたライ麦の屋根が覆い被さっている(※写真上参考)。大きな窓がなく、光は玄関と小さな窓からのみ差し込み、内部は家畜小屋と人間の居住空間とに仕切られている。これは降雪が多く冬の厳しいこの地域で、家の外に出なくても家畜の世話ができるように考えられたものだ。暖房や調理に使う火は、高い天井によって建物内部に暖かさを保ち、煙はライ麦の屋根がフィルターとなって外に出て、屋根に付く害虫駆除にも役立つ。この建築構造は、古代ローマ人制圧以前にこの土地に住んでいたケルト系民族の建築文化に由来する。オレオ(穀物庫)は地方により形は異なるが、ロス・アンカーレスのそれは、パジョーサ同様円錐形のライ麦屋根で作られていてるが、壁の素材は木材である(※写真下参考)。
パジョーサやオレオの管理には費用と手間がかかり、老朽化するこの建築物を修復・保存するためにEUや州政府から補助金を受けた者もいる。が、一方で補助金を得られない所有者は売却して手放すか放置するしかなく、保存に問題も抱える。パジョーサの屋根は10年程度で張替えなくてはならず、職人に委託すると約3000ユーロの費用がかかる。そのため、500年前に建てられたオレオの屋根を自分の手で4-5年間隔で張替える人もいる。さらに、以前はこの土地でライ麦を栽培していたが今は他の地域から取り寄せるしかなく、また近年の機械による刈り入れでライ麦の質が低下している。過疎化の進むこの地域で、今後多くの所有者たちは次の屋根の張替え時期には売却するのではないだろうかとみられている。