1日20時間は電話する世界一の代理人

クラブと選手の間に入って、移籍、給料などを交渉する代理人。今やサッカーの世界では欠かすことができない存在となっており、ビッククラブに大きな影響を及ぼす代理人もいる。そんな代理人のひとりで、世界最高と讃えられているのが、ポルトガル人のホルヘ・メンデスだ。今や世界で最も有名な代理人だ。クリスティアーノ・ロナウド、ファルカオといった選手だけでなく、モウリーニョ、マラドーナ、スコラーリなど選手、監督と合わせて80人のクライアントを抱える。約700億円以上の収益をあげ、彼の会社Gestifuteは約650億円の価値があると見積もられている。同業者でライバルであるイギリスのエージェント会社のStellar Footballが約350億円と査定されており、ホルヘ・メンデスの会社は彼らよりも約2倍の価値がある。

彼自身は2010年から3年連続で世界最高の代理人に選出されており、2012年は11月28日にドバイで表彰された。また2012年5月18日にはポルトガル政府がスポーツ界での貢献を讃え、彼にメダルを与えた。

ホルヘ・メンデスの父親は公務員で、母親は鳥かごをつくっていた。幼少の頃、ホルヘ・メンデスは市場で鳥かごを売るために母親の手伝いをしていたという。この経験が彼の商才を磨いたのかもしれない。

ホルヘの家族はリスボン郊外の町から1986年にスペインのガリシア州から50キロのポルトガル北部のビアナ・ドゥ・カステロに引越しをした。ホルヘはサッカー選手としてプレーをしていたが、その町で彼はビデオクラブの経営を始めた。業績は好調で、その収入は彼のサッカー選手のサラリーよりも上回った。そのお金をもとに、地元のサッカークラブの広告を管理するなどを始めた。その後、観光業やディスコに投資し、そこで彼の最初のクライアントであるポルトガル人ゴールキーパーのヌーノ・エスピリトゥ・サントに出会った。ヌーノはホルヘ・メンデスの仕事により、デポルティーボ・ラ・コルーニャと契約。ヌーノは2001-2002シーズンに国王杯を制したデポルティーボ・ラ・コルーニャの一員となった。これが世界最高の代理人、ホルヘ・メンデスのキャリアのスタートだった。

今や世界最高の代理人となった彼は1日に3か国で3つの会議をこなすこともある。その道中には彼の電話はずっと鳴っており、移籍市場が開いている時期は1日に20時間以上、電話で話していることもあるそうだ。彼の電話の相手はアブラモビッチ、フロレンティーノ・ペレス、モナコのオーナーであるリボロフレフといった今のフットボールを牛耳る男たちばかりだ。

移籍市場が真っ只中の今、世界最高の代理人のきっと今も電話で誰かと話しているに違いない。

ページトップへ