子どもは8歳くらいになると歯が、乳歯から永久歯へ生え変わる。これは万人が経験する通例であり、洋の東西を問わず様々な迷信が存在する。日本では、子どもの乳歯が抜けると、下の歯なら屋根の上に、上の歯なら縁の下に投じる。アメリカでは、子どもが自分の抜けた歯を枕の下にしまって寝ると、夜中に“Tooth fairy”(歯の妖精)がその抜けた歯を回収しにやってきて、その歯の代わりにコインやプレゼントを置いていく。スペイン、ラテン圏でこの歯の妖精に匹敵するのが、「ペレス」という名前のネズミだ。
日本での習慣が起源もわからないほど古いのに対し、スペインでの習慣は意外に新しい。ネズミのペレスは、20世紀に創出されたキャラクターで、いつ、どこで、どうして生まれたのか、誰が創作者なのか等の詳細がはっきりしている。
このネズミのペレスが生まれたのは『ラトンシート・ペレス(Ratoncito Pérez)』というタイトルの物語中で、この童話が日の目を見たのは20世紀のこと。作者はスペイン人作家のルイス・コロマで、これは当初、ある一人の男の子のためだけに書かれたものだった。
ネズミのペレスが誕生したのは、スペイン国王アルフォンソ12世が崩御した翌年の1886年、寡婦の王妃マリア・クリスティーナが、その後1902年に16歳で王となる息子のアルフォンソ13世の摂政としてスペインを統治していた頃のこと。幼少のアルフォンソ13世は体が弱く、そのためか随分甘やかされて育った。王子が8歳になったときに初めて乳歯が抜け、王子はその事をひどく危惧した。息子のこの不安を取り除くために、王妃は作家のルイス・コロマに「抜けた歯」を題材に短いストーリーを書いてくれるように依頼。そして、その時に生み出されたストーリーが『ラトンシート・ペレス』だったのだ。