ミイラとベラスケス

ベラスケスといえば、スペインを代表する画家。彼が描いた「ラス・メニーナス」は、プラド美術館最大のアトラクションとなっている。彼は生前、宮廷画家を勤め、後に王宮配室長の重職にまで上り詰め名声を博した。没後も後世の画家たちに絶大な影響を与えた事でも知られている。これほど有名なベラスケスだが、実は彼の墓の所在がわかっていない。

と、いうのは、19世紀初頭スペイン王であったジョセフ・ボナパルトが発布した勅令により、王宮付近に密集していた荒廃気味の教会がいくつも取り壊され、広場に変わった。その一つが、ベラスケスの遺体が収められていたサン・フアン・バウティスタ教会だった。しかし、同教会の取り壊しに際してベラスケスの骸を別の場所に移転したという記録はなく、また、元々どこにベラスケスの墓があったのか詳細な記録がされていなかったため、彼の亡骸は今もこの近辺の地下にあるはず、と推測されるものの、正確な事はもう何もわからなくなってしまった、という経緯に因る。この教会跡地は現在ラマレス広場となっている。

1999年転機が訪れる。ラマレス広場の地下に駐車場を建設するための工事が着工したが、現場で遺物の発見があったため、工事が頓挫したのだった。専門家が召集され、本格的な遺跡調査が始まった。彼らは、所在がはっきりしていなかったベラスケスの遺体が見つかるのでは?と意気込んで調査にあたったが、ベラスケスの遺体らしいものは出てこなかった。そこで、調査にあたった関係者の一人が1994年に起こったある出来事について思い出した。市内のある修道院のリフォーム工事中、発見された一対のミイラの事だった。

このミイラ、ベラスケスとどんな関係が?・・・

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