建築シリーズ8:「仮設の屋根」で闘牛場をオリンピック会場へ、ラス・ベンタス闘牛場

前回紹介したオリンピック・スタジアムは、既存の陸上競技施設を改修して再利用する計画であった。今回紹介するのは、「スペイン独特の建築物である闘牛場に仮設の屋根を架け、オリンピック競技施設として利用する計画」である。もしマドリードでオリンピックを開催することになれば、ラス・ベンタス闘牛場は、バスケットボール競技の会場となる予定である。

「ラス・ベンタス闘牛場」(正式名称は、 モヌメンタル・デ・ラス・ベンタス)は1931年にオープンしたマドリードの闘牛場である。闘牛の文化は主にスペイン、ポルトガル、南米の地域に存在し、このラス・ベンタス闘牛場は、メキシコのメキシコシティ、ベネズエラのバレンシアの闘牛場に次いで世界で3番目に多い、約24,000人を収容する世界最大級の闘牛場である。ロンダと呼ばれる闘牛が実際に行われるスペースはメキシコシティのものより大きく、直径61.5mに及ぶ。

ラス・ベンタス闘牛場 内観 photo by Yonderboy

ラス・ベンタス闘牛場 内観 photo by Yonderboy

このような巨大な闘牛場が建設された背景には、1913年から1920年にかけてマドリードに「闘牛ブーム」が訪れたことがある。レティーロ公園近くのアルカラ通りとゴヤ通りの交差点付近にあった旧闘牛場は、闘牛人気を前に手狭になっていたのである。また、テレビのなかった当時、収益は実際に闘牛場を訪れる観客からしか得ることができず、収容人数の多い闘牛場を建設することは闘牛を運営する側にとって事業を拡大するチャンスであった。建設はアルカラ通りをさらに東へ進んだラス・ベンタス・デル・エスピリトゥ・サント地区にて1922年に開始され、1929年に竣工、1931年にオープンした。しかし、建設されたラス・ベンタス地区は、当時、市内で最も評判の悪いスラム街の一つであり、闘牛場としての環境を整えるにはさらに数年を要した。1934年にようやく闘牛開催に至ったものの、スペイン内戦が始まると、闘牛場は1939年5月まで閉鎖された。1947年からマドリードの守護聖人サン・イシドロ祭に合わせて闘牛を開催するようになると、闘牛場の運営は安定し、今では世界で最も重要な闘牛場と言われる。

ラス・ベンタス闘牛場 内観 photo by Yonderboy

ラス・ベンタス闘牛場 内観 photo by Yonderboy

ラス・ベンタス闘牛場が闘牛以外のイベントで利用されるのは、実は珍しいことではない。国内外の数々の著名アーティストによるコンサート会場となった他、2008年にはテニスのデビス・カップ準決勝が開催されている。闘牛は毎年3月から10月がシーズンとされ、それ以外の時期にイベントを開催することは収益増につながり、闘牛場の運営において極めて重要である。そして何よりも、シンプルで美しい円形競技場は、闘牛以外のイベントにとっても非常に魅力的なスペースなのであろう。

2008年、ラス・ベンタス闘牛場で行われたデビス・カップ準決勝の様子 photo by Fran García

2008年、ラス・ベンタス闘牛場で行われたデビス・カップ準決勝の様子 photo by Fran García

ところで、闘牛場に限らず、屋外のスポーツ施設において快適な観戦を担保するのは「屋根」の存在である。夕方5時頃から始まる闘牛において、座席の料金は「日影の有無」で決められるている。先に紹介したカハ・マヒカにおいても可動式の屋根がプロジェクトの最も重要なポイントとなっているように、屋外スポーツ施設において「屋外の開放感を保ちつつ、観客を風雨や直射日光から守る屋根の設計」が鍵となるのである。ラス・ベンタス闘牛場では、オリンピック終了後に撤去可能な「仮設の屋根」が闘牛場全体を覆う予定である。実際に昨年末から行われていた屋根の設置作業では、今年1月、作業途中に屋根が崩落してしまい、現在作業は中断されている(*1)。とは言え、歴史的建造物ならではの雰囲気を維持しながら、そして現状復帰の可能性を残した改修方法は、今後の建築物の改修のあり方の一つとして大いに可能性を秘めていると言えるだろう。

*1 :設置作業中に屋根が崩落したことを伝える地元テレビ局のニュース映像(スペイン語)

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<建築シリーズ記事>
1:現代に完成した「未完の建築」、モンフェリの教会
2:過去と未来をつなぐ作品、アトーチャ駅
3:夢のガラスの宮殿、パラシオ・デ・クリスタルとベラスケス宮殿
4:復元された近代建築の名作、バルセロナ・パビリオン
5:日本の英知を集結した競技場、パラウ・サン・ジョルディ
6:オリンピック開催を待つ魔法の箱、カハ・マヒカ
7:アトレティコ新本拠地はオリンピックを迎えられるか、ラ・ペイネータ

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