建築シリーズ5:日本の英知を集結した競技場、パラウ・サン・ジョルディ

今年9月7日の2020年オリンピック開催地決定まで、あと1ヶ月余りとなった。1次選考を経た後、正式立候補都市として、イスタンブール、東京、マドリードの3都市が選出されている。3度目の挑戦となるマドリードは、現時点で他の2都市に比べて不利というのが新聞等メディアの評価である。決定まで泣いても笑ってもあと一ヶ月。結果はどっしりと腰を落ち着けて待つとして、これから数回に渡って、「スペインのオリンピック関連施設、スポーツ施設」を紹介してみたい。

まずは、現在、第15回世界水泳選手権の舞台となっている「パラウ・サン・ジョルディ」を取り上げてみたいと思う。パラウ・サン・ジョルディは、モンジュイックの丘に1990年に完成した屋内競技施設である。設計者は、日本人建築家、磯崎新であり、1992年のバルセロナ・オリンピックに合わせて建設が進められた。カタルーニャ地方の守護聖人サン・ジョルディを冠するこの施設は、バルセロナ・オリンピックを象徴する代表的な建物である。オリンピック開催時には新体操、ハンドボール、バレーボールなどが同競技施設で開催され、その後も様々なスポーツイベント、コンサートが開催されている。 スポーツイベント開催時には、16,500人を、コンサート開催時には、24,000人を収容可能であり、バルセロナ市民にとって、なくてはならない存在である。

【パラウ・サン・ジョルディ】 右端はスペイン人建築家サンティアゴ・カラトラバ設計のモンジュイック・タワー photo by German Ramos

パラウ・サン・ジョルディ。右端はスペイン人建築家サンティアゴ・カラトラバ設計のモンジュイック・タワー photo by German Ramos

黒い屋根が特徴的なこの競技施設には、パンタドーム構法と呼ばれる当時の最先端の建設方法が採用された。この構法は日本人構造設計家、川口衛が開発したもので、大屋根をパンタグラフ(*1)のように折り畳んだ状態から一斉にリフトアップし、架構(*2)を完成させる構法である。この構法のメリットは、安全性の向上、施工精度の確保、鉄骨建方期間の短縮、作業足場の削減、などのメリットがあると言われている。パラウ・サン・ジョルディの屋根が立ち上がる様子は、川口衛構造設計事務所のウェブサイトで見ることができる。

また、同事務所のウェブサイトによれば、建築家の磯崎新も、「建築造形には建設に用いた架構手法が反映されるべきだ」との観点から、完成後の建物がリフトアップ中の形を彷彿させるような造形を採用したとのことである。川口衛は、東京オリンピックの際に建設された国立代々木競技場(1964年)の建設にも構造設計家として参加しており、まさにスポーツ施設に欠かせないエンジニアだと言える。

国立代々木競技場。最先端の技術と伝統的な造形の融合した建築作品として国際的な評価を得ているphoto by Rs1421

国立代々木競技場。最先端の技術と伝統的な造形の融合した建築作品として国際的な評価を得ているphoto by Rs1421

日本の建築、建築家が世界的に評価されているのは、優秀な構造設計家がいるからだとも言われる。 建築家ばかりが注目されがちであるが、構造設計家の存在なくして、素晴らしい空間、建築が生まれないことを示す好例であり、パラウ・サン・ジョルディは日本の英知を集結した建築であると言えるだろう。

スペイン国内における磯崎新による建築作品リスト。

・パラウ・サン・ジョルディ/バルセロナ/1990年
・ラ・コルーニャ人間科学館/ラ・コルーニャ/1995年
・ホテル・プエルタ・アメリカ/マドリード/2005年
・イソザキ・アテア/ビルバオ/2007年

注:
*1:鉄道車両の集電装置や、図形を一定の比率で拡大または縮小する際に用いる伸縮式の製図器など、菱形で収縮する機構全般のこと。
*2: 骨組みとなる部材を結合して組み立てた構造物。

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<建築シリーズ記事>
1:現代に完成した「未完の建築」、モンフェリの教会
2:過去と未来をつなぐ作品、アトーチャ駅
3:夢のガラスの宮殿、パラシオ・デ・クリスタルとベラスケス宮殿
4:復元された近代建築の名作、バルセロナ・パビリオン

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